1-11 サンスクリット原典を訳す・・・・・18.4新規追加
これまで(項番1-1から1-10まで)は玄奘によって漢訳された「般若波羅蜜多心経」をベースにその意味内容を考えてきましたが、ここでは、漢訳の元となったサンスクリット原典テキストにまで遡って、その意味内容を考えてみます。(※)
(※)中村元・紀野一義訳注『般若心経・金剛般若経』(1960)岩波書店 pp.185-186 を使用
漢訳だけでは分かりにくいところも、サンスクリット原典にまで遡って一語一語対応する意味内容を考えていくと、インドで最初に大乗を名乗った仏教徒たちが何を示したかったのか、少しだけ分かった気になれます。
a サンスクリット原典
b 読み方
c 日本語訳
d 玄奘による漢訳
1-a Namas Sarvajnaya
1-b ナマス サルヴァジュナーヤ
1-c 全知の人に敬礼す
1-d (該当する漢訳なし)
2-a aryavalokitesvaro-bodhisattvo gambhirayam prajna-paramitayam caryam caramano vyavalokayati sma.
2-b アールヤ アヴァローキテーシュバラ ボーディサットゥボ ガンビーラーヤーム プラジュニャー パーラミターヤーム チャルヤーム チャラマーノ ヴヤヴァローカヤティスマ.
2-c 崇高な (世の中のすべてを)上から見渡すものの主たる 菩薩(=悟りを求める人)は 深遠な 叡智の 超越的境地に至る 行を 行いながら 見極めた.
2-d 観自在菩薩 行深般若波羅蜜多時
3-a panca skandhas, tams ca svabhava-sunyan pasyati sma.
3-b パンチャ スカンダース, タームシュ チャ スヴァバーヴァ シューンニヤーン パシュヤティ スマ .
3-c (煩悩の元となる)五つの集まり(があり), それらは それそのもの自体の本性として 空であると 見抜いた.
3-d 照見五蘊皆空 (度一切苦厄)
4-a iha Sariputra, rupam sunyata, sunyata-iva rupam.
4-b イハ シャーリプトラ, ルーパム シューニヤター, シューニャター イヴァ ルーパム.
4-c この世では シャーリプトラよ, 事物の色・形は空性である, 空性自体が 事物の色・形に他ならない.
4-d 舎利子
5-a rupan na prthak sunyata, sunyataya na prthag rupam.
5-b ルーパーン ナ プリタック シューニヤター, シューニヤターヤー ナ プリタッグ ルーパム.
5-c 事物の色・形は 異ならない 空性と, 空性は 異ならない 事物の色・形と.
5-d 色不異空 空不異色
6-a yad rupam sa sunyata, ya sunyata tad rupam.
6-b ヤッドゥ ルーパム サー シューニヤター ヤー シューニヤター タッドゥ ルーパム.
6-c およそ事物の色・形なるものは 空性である, およそ空性なるものは 事物の色・形である.
6-d 色即是空 空即是色
7-a evam eva vedana- sanjna- samskara- vijnanani.
7-b エーヴァム エーヴァ ヴェーダナー サンジュニャー サンスカーラ ヴィジュニャーナーニ.
7-c このようにまた同様である. まさに (刺激を受ける)感受作用も, (名前を付して印象を形成する)表象作用も, (経験の蓄積から形成される)意思作用も, (個人の判断や行動を伴う)認識作用も,
7-d 受想行識 亦復如是
8-a iha Sariputra, sarva-dharmah sunyata- laksana.
8-b イハ シャーリプトラ サルヴァ ダルマーハ シューンニャター ラクシャナー.
8-c この世では シャーリプトラよ (人間が感得する有形無形の)すべてのものは 空性という特性を持つ.
8-d 舎利子 是諸法空相
9-a anutpanna aniruddha, amala-(a)vimala, nona na paripurnah.
9-b アヌットゥパンナー アニルッダー, アマラー アヴィマラー, ヌーナー ナ パリプールナーハ.
9-c 生まれるのでもなく 生まれることを抑止されるのでもない, 汚れているのでもなく 汚れから離れているのでもない, 欠けているのでもなく 満たされているのでもない.
9-d 不生不滅 不垢不浄 不増不減
10-a tasmac Chariputra sunyatayam,
10-b タスマー シャーリプトラ シューンニャターヤーム,
10-c それ故に シャーリプトラよ 空性においては,
10-d 是故空中
11-a na rupam, na vedana, na sanjna, na samskara, na vijnanam.
11-b ナ ルーパム ナ ヴェーダナー ナ サンジュニャー ナ サンスカーラ ナ ヴィジュニャーナム.
11-c (事物の)色・形もない, (刺激を受ける)感受作用もない, (名前を付して印象を形成する)表象作用もない, (経験の蓄積から形成される)意思作用もない, (個人の判断や行動を伴う)認識作用もない.
11-d 無色無受想行識
12-a na caksuh- srotra- ghrana- jihva- kaya- manamsi,
12-b ナ チャクシュフ シュロートゥラ グラーナ ジフヴァー カーヤ マナーンシ,
12-c 視覚もない 聴覚もない 嗅覚もない 味覚もない 身体もない 心もない,
12-d 無眼耳鼻舌身意
13-a na rupa- sabda- gandha- rasa- sprastavya- dharmah,
13-b ナ ルーパ シャブダ ガンダ ラサ スプラシュタヴヤ ダルマーハ,
13-c 視覚の対象もない 聴覚の対象もない 嗅覚の対象もない 味覚の対象もない 触覚の対象もない 心の対象もない,
13-d 無色声香味触法
14-a na caksur- dhatur, yavan na mano- vijnana- dhatuh.
14-b ナ チャクシュル ダートゥル ヤーヴァン ナ マノー ヴィジュニャーナ ダートゥフ.
14-c 眼に映る世界がない, さらに 心が認識する世界もない.
14-d 無眼界乃至無意識界
15-a na vidya navidya, na vidya- ksayo navidya- ksayo,
15-b ナ ヴィドゥヤー ナヴィドゥヤー ナ ヴィドゥヤー クシャヨー ナヴィドゥヤー クシャヨー
15-c 知識もない 人間が抱える根源的な煩悩もない, 知識が無くなることもない 人間が抱える根源的な煩悩が無くなることもない.
15-d 無無明亦無無明尽
16-a yavan na jara- maranam, na jara- marana- ksayo,
16-b ヤー ヴァン ナ ジャラー マラナム ナ ジャラー マラナ クシャヨー,
16-c 老いることや死ぬこともない, 乃至 老いることや死ぬことが無くなることもない,
16-d 乃至無老死亦無老死尽
17-a na duhkha- samudaya- nirodha- marga,
17-b ナ ドゥッカ サムダヤ ニローダ マールガー,
17-c 生きる苦悩(=苦)もない 苦が集まる根源(=集)もない 苦の抑制(=滅)もない 悟りへの道筋(=道)もない,
17-d 無苦集滅道
18-a na jnanam na praptih.
18-b ナ ジュニャーナム ナ プラープティッヒ.
18-c (何かを)知ることもない (何かを)獲得することもない.
18-d 無智亦無得
19-a tasmad apraptitvad bodhisattvanam prajna- paramitam asritya viharaty acitta-varanah.
19-b タスマー アプラープティヴァード ボーディサットゥヴァナム プラジュニャー パーラミターム アーシュリトウヤ ヴィハラティ アチッタ ヴァラナハ.
19-c それ故に (何も)得るということがないから, 菩薩の 叡智の 超越的境地のお陰で 自己を確立させて安住した(人間は) この世を渡って行く 心を(何かに)覆われるということもなく.
19-d 以無所得故 菩提薩埵 依般若波羅蜜多故
20-a cittavarana-nastitvad, atrastro viparyasa-tikranto nistha- nirvanah.
20-b チッタ ヴァラナ ナースティトゥヴァードゥ アトゥラストロ ヴィパルヤーサーティクラーントー ニシュタ ニルヴァーナハ.
20-c 心に覆いが存在しないがゆえに, 恐れがなく 一切の誤った見解から離れて 煩悩が吹き消された状態にある.
20-d 心無罣礙 無罣礙故 無有恐怖 遠離一切 顛倒夢想 究竟涅槃
21-a try- adhva- vyavasthitah sarva- buddhah,
21-b トゥリ アドゥヴァ ヴヤヴァスティターハ サルヴァ ブッダーハ,
21-c 三つの世に 安住している すべての 仏は,
21-d 三世諸仏
22-a prajna- paramitam asritya-anuttaram- samyak- sambodhim abhisam- buddhah.
22-b プラジュニャー パラミターム アーシュリトゥヤ アヌッタラーム サムヤク サンボーディム アビサンブッダーハ.
22-c 叡智の 超越的境地を 頼りとして これ以上ない 完全な 正しい 悟りに目覚めている.
22-d 依般若波羅蜜多故 得阿耨多羅三藐三菩提
23-a tasmaj jnatavyam,
23-b タスマージュ ジュニャータヴヤム
23-c それ故に 知られるべきである,
23-d 故知
24-a prajna- paramita- maha- mantro, mahavidya- mantro, nuttara- mantro, sama- sama- mantro,
24-b プラジュニャー パラミター マハーマントゥロー マハー ヴィドゥヤー マントゥロー, アヌッタラ マントゥロー, アサマサマ マントゥラハ,
24-c 叡智の超越的境地の 大いなるマントラ, 大いなる智慧の マントラ, 無上なる マントラ, 比類なき マントラ,
24-d 依般若波羅蜜多 是大神咒 是大明咒 是無上咒 是無等等咒
25-a sarvaduhkha- prasamanah, satyam amithyatvat,
25-b サルヴァ ドゥッカ プラシャマナハ サトゥヤム アミトゥヤットゥヴァートゥ,
25-c すべての苦を かなたに鎮め, 真実そのものである 嘘偽りのない,
25-d 能除一切苦 真実不虚故
26-a prajna- paramitayam ukto mantrah. tad yatha :
26-b プラジュニャー パラミターヤーム ウクトー マントゥラハ タッドゥ ヤター,
26-c 叡智の超越的境地において 発言された マントラである. それはかくなるものである,
26-d 説般若波羅蜜多咒 即説咒曰
27-a gate gate paragate para- sangate bodhih svaha.
27-b ガテー, ガテー, パーラ ガテー, パーラ サン ガテー, ボーディ スヴァーハー.
27-c 行き着いた(と思っても実際は到達できず), (再び)行き着いた(と思っても実際は到達できず), (幾度も同じ試みをした挙句にようやく)彼岸に行き着いた(と思っても長くは留まれず俗世に戻り), (そしてさらに幾度も幾度も同じ試みを重ねることでついに)彼岸に完全に行き着いた. (これがまさに、叡智の超越的境地に至る神髄である.) 悟りよ、幸いあれ!
27-d 羯諦羯諦 波羅羯諦 波羅僧羯諦 菩提薩婆訶
28-a iti prajna- paramita-hrdayam samaptam.
28-b イティ プラジュニャー パーラミター フリダヤム サマープタム.
28-c ここで 叡智の超越的境地が 完結した.
28-d (該当する漢訳なし)