2-1 気づきによって変わる世界
観音さまは、一切の苦厄を取り除いたあとに、いったい、どんな世界を見たのでしょうか。
般若心経が説く「空」の目指すものとは、果たして、どんなものなのでしょうか。
それでも、大乗仏教は「何も無い」というだけなのでしょうか。
大乗仏教における「空」の思想は、紀元2~3世紀に活躍したナーガールジュナ(龍樹)によって確立されました。彼は、言葉で表現されるすべてのものの存在を否定し、私たちが住むこの世界は本来は空であり(=自性がない)、いかなる実体も存在しないと主張しました。私たちには有るように見えるこの世界は、私たちが目にした情報が言葉と結びつくことによって有るように見えている(=仮設されている)だけなのです。
それでは、何もかもが「空」である(=自性がない)と言ってあらゆる存在を否定した龍樹ですが、その果てには、ただ「何ものも存在しない究極の無の世界」が広がっているということなのでしょうか。それとも、そのような「無の世界」すら「無い」ということなのでしょうか。
龍樹は、「何ものも存在しない無」には誰も住むことができないことは知っていました。「空」とは、「有る」とか「無い」とかいう意味ではありません。龍樹にとって、すべてを否定するプロセスは、この世界のいかなる執着も実在するものではないということを体得することによって、新しい自己をよみがえらせるための手段でした。
釈迦が悟りを開いたのは35歳のときです。釈迦は、その後数十年にわたり、各地を歩きまわりながら人々に法を説きました。ただし、悟りを開いたといっても、決して、食べることが不要になったわけでも、不老不死の体になったわけでもありません。悟りを開く前と同じように、毎日、食べ物を食べる必要はあったし、体調が悪くなったり病気になったりすることもありました。実際、80歳で釈迦は入滅します。
しかし、悟りを開く前と、悟りを開いた後では、釈迦の目の前に広がるこの世界の風景は、まったく異っていたはずです。釈迦は悟りによって究極的な境地(=究竟)に達した後、再び現実のこの世界に戻り、約45年にわたり人々に法を説きました。そして最後となる旅の途中で、弟子のアーナンダに向かって、「この世界は美しい、人間の命は甘美なものだ」という意味のことを言っています。釈迦にとって大事なことは、言葉では表すことのできない最高の境地に至ることそれ自体よりもむしろ、その境地を体得した更にその後で、それが現実のこの世界の中でどのように生かされていくべきなのかということでした。
この世界には執着すべき何ものも存在しないという否定の後に続く、この世界への肯定こそが、(はじめは躊躇しながらも、その後は一貫して)釈迦が45年にわたり人々に説いてきた教えに込められた核心なのです。
悟りに至っていない私たち凡夫にとっても、日常生活の中で何気なく行った行動がちょとした「気づき」を呼び起こし、それまで気にも留めなかった新しい思いに至り、新しい自分を発見する、という経験はよくあることです。例えば、「電車の座席に座っていて、乗車して来たおばあさんとたまたま目が合い、普段はそんなことはしたことがないのに、瞬間的に立ち上がり席を譲った。そのときのおばあさんのやさしい笑顔と感謝の言葉が忘れられない。」このような経験は、誰にでもあるはずです。
このような些細な行動の実践を、10回、20回、100回、千回、1万回繰り返すことに依って、更には、生まれ変わり死に変わりしながら、更にまたこれを繰り返すことに依って、私たちは、涅槃の境地に近づいていけるのです。
下の歌詞もまた、真理を直観で体得することによってこの世界が変わっていく様子が、まるで階梯をのぼるように、3度にわたり、繰り返し語られています。他者とのかかわり合いのなかに存在する自己に気づかされ、それまでの自己がくつがえり、改めて自己と向き合い生き直そうとする悟りの物語です。気づきによって変わった世界は、すぐにまた次の執着の原因となりますが、更なる新たな気づきによって、再び、世界は変わっていくのです。初めは、アイドルグループが歌う歌詞とはとても思えないほど否定的な単語が繰り返し並べられておりますが、物語が進むにしたがって、まるで心が浄められるように、否定的な単語が減り、肯定的な単語が増えていくように構成されています。
タイトルから、「君」とは擬人化された「希望」のことだと初めにわかりますが、最後の最後に、「希望」とは「明日の空」でもあることが明かされます。中段(21行目)で一度は否定的に使用される「空」という単語ですが、最後(61行目)には肯定的に、しかも「希望」の言い換えとして、未来への確信の象徴として、再び「空」という単語が現われるのは感動的です。
秋元康 君の名は希望 (2013.3). 乃木坂46
1回目の気づき
(現実世界/悟る前)
1 僕が君を初めて意識したのは
2 去年の6月 夏の服に着替えた頃
3 転がって来たボールを無視してたら
4 僕が拾うまで
5 こっちを見て待っていた
6 透明人間 そう呼ばれてた
7 僕の存在 気づいてくれたんだ
(真理/悟り)
8 厚い雲の隙間に光が射して
9 グラウンドの上 僕にちゃんと影ができた
10 いつの日からか孤独に慣れていたけど
11 僕が拒否してた
12 この世界は美しい
(現実世界/悟った後)
13 こんなに誰かを恋しくなる
14 自分がいたなんて
15 想像もできなかったこと
16 未来はいつだって
17 新たなときめきと出会いの場
18 君の名前は"希望"と今 知った
2回目の気づき
(現実世界/悟る前)
19 わざと遠い場所から君を眺めた
20 だけど時々 その姿を見失った
21 24時間 心が空っぽで
22 僕は一人では
23 生きられなくなったんだ
(真理/悟り)
24 孤独より居心地がいい
25 愛のそばでしあわせを感じた
(現実世界/悟った後)
26 人の群れに逃げ込み紛れてても
27 人生の意味を誰も教えてくれないだろう
28 悲しみの雨 打たれて足下を見た
29 土のその上に
30 そう確かに僕はいた
31 こんなに心が切なくなる
32 恋ってあるんだね
33 キラキラと輝いている
34 同(おんな)じ今日だって
35 僕らの足跡は続いてる
36 君の名前は"希望"と今 知った
3回目の気づき
(現実世界/悟る前)
37 もし君が振り向かなくても
38 その微笑みを僕は忘れない
39 どんな時も君がいることを
40 信じて まっすぐ歩いて行こう
(真理/悟り)
41 何(なん)にもわかっていないんだ
42 自分のことなんて
43 真実の叫びを聞こう
44 さあ
(現実世界/悟った後)
45 こんなに誰かを恋しくなる
46 自分がいたなんて
47 想像もできなかったこと
48 未来はいつだって
49 新たなときめきと出会いの場
50 君の名前は"希望"と今 知った
60 希望とは
61 明日(あす)の空
62 WOW WOW WOW
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